のっきーの凸凹ブログ

生きづらい系キノコがゆるゆる頑張るブログ。

冬野梅子「まじめな会社員」を読みました

今週のお題「買ってよかった2024」

電子書籍で買って読んで、ちょうど語りたかった漫画があるので書きます。2年前に話題になって完結した作品です。今さら「刺さる」らしいという噂を聞きつけたので読みました。

「まじめな会社員」冬野梅子(著)

主人公は30歳の女性、あみ子。田舎から上京してきた彼女が、東京のクリエイティブな仕事に憧れ、しかし突き抜けられずモヤモヤする日々を、サブカルチャー界隈やコロナ渦を絡めながら描いています。

この作品をのっきーは自分に引き寄せて、「田舎を脱出した発達障害が、もし発達障害じゃなかったらIF」という視点で読みました。(のっきーはADHD/ASD併発の手帳持ちです。)

以下ネタバレ込みの感想です。

まずこの作品の「閉じている」田舎の解像度に打ちのめされました。主人公あみ子の両親とそれを取り巻く実家周りの、真綿で首を締められるような閉塞感の描写がリアル過ぎた。田舎といっても土地柄がいろいろあると思うんですが、ここで語りたいのは、「世間体第一」「規範意識ガチガチ」「家と土地と墓を守ることが人生の最終目標」と頑なに信じられている土地のことです。最終回前の数話は特にその精神が色濃く出ていて、人によってはトラウマをえぐられるので閲覧注意かも。特にエグいと思ったのが、あみ子が母親に「潰しが効く」という理由で意に沿わない進学先を強要されるエピソードです。仕方なく親の希望の道に進むあみ子でしたが、その進路はやはり彼女に合わず、不完全燃焼のままくすぶり続けることになります。モヤモヤしながらも実家に戻り親孝行をする彼女に、母親は「(あみ子が本来やりたかった)◯◯してれば良かったのにね〜」と自分が言ったことをすっかり忘れて笑います。グロテスク。実家周りの描写は冬野先生の実体験が元らしいんですが、ああいう生々しい嫌な空気感って思い出すだけでウッとなるから、こうやって活写できる気合いと根性がすごいと思いました。

あみ子は東京で働いても、それまでに培った保守的な精神が災いしてか、なかなか「キラキラしたサブカル世界の中心」に自分を置くことができません。そして体調を崩した親の要請に従い、モヤモヤを抱えたまま田舎に戻り、実家でのゆるい泥のような生活に沈むことになります。のっきーはあみ子と上京前の境遇が酷似しているんですが、 子供を地元に戻そうという実家の引力に抗い、いたい場所で生活し続けています。この差は何かと考えた時に、発達障害の特性がかなり影響しているのではないかと思いました。「興味のないものに全く集中できず」「興味があったら衝動的に動く」から田舎の風習を無視して飛び出したし、「空気を読まず」「足並みを揃えず」「人の気持ちも考えない」ので実家を継いで墓守になれという要請にも応えなかった。田舎の価値基準ではあり得ないならず者です。あみ子家よりややバイオレンスな家庭だったのも拍車をかけたかも。一方であみ子は、周りの人間の空気をよく読み、無難に振る舞うことを「周りが自分に求めること、間違いないこと」として、処世術にしてきました。東京でもその処世術に則り、まじめな会社員となり、親のUターン要請にも応じて、「ならず者」になることなく田舎に帰って来ました。

あみ子の「自分を律し、どこででもそれなりに順応できる」能力は素晴らしく、今の社会には必要不可欠です。しかしその一方で、その能力は彼女の憧れに水を差し、行手を阻むブレーキにもなりました。のっきーの「我を抑えられず、特定の条件下でしか生きれない」障害は、社会では厄介者扱いされるけど、一方で新天地へ飛び出すアクセルとしても機能しました。このことは「何にでも正負の面がある。世間からは疎んじられる発達障害にさえもそれはあるのかもしれない」という気づきになりました。思えばあみ子の憧れる今村さんは、ライターの才能がある一方で浮気性で親が病気でも田舎に帰らない「ならず者」だし、綾ちゃんはインフルエンサーの才能がある一方で定職につけず、なかなか人生が安定しない「ならず者」です。立場と見る目が変わると世界は反転する。もしかしたら今村さんや綾ちゃんから見たら、堅実に人生を進める能力を持つあみ子を羨む瞬間があったのかもしれない。最終回の22話で、再び東京へ飛び出したあみ子ですが、彼女は綾ちゃんと再び繋がろうとするより、その尖った人間観察の眼を持って、くすぶる日々とくすぶる自分まるごと、言語化して発信すればいいのにと思いました。等身大のあみ子の言葉は読者に共感を持って迎えられ、彼女の望むキラキラな界隈への大きな一歩になったのではないか。書いてて気づいたけど、多分そのトゥルーエンドに辿り着けたのが冬野先生なのかもしれない。あみ子はトゥルーにもバッドにも転べる絶妙な所で物語が終わりました。自分の「IF」を刺激して、世界を見る角度が変わった一冊でした。

comic-days.com

今ならコミックDaysで第一話が無料で読めます。この一話だけでも完成度高くて、「定型発達者はこのように世界を見ているのか」「人間関係の解像度高すぎ」「そりゃ自分は社不扱いになるわ」と打ちひしがれました。のっきーが勝手に発達障害に絡めてるだけで、作中にそのような要素は全く出てきません。一人の「まじめな会社員」の視点を通して、みんなが登場人物の誰かに引っ掛かって、自分ごとにできる物語です。モヤモヤの言語化がほんとすごい。

今年はもっと書評記事を書きたかったなー。まだ2週間くらいあるか。いろいろ読んではいるのでまた面白い本があったら書きます。

この4巻(最終巻)ラストの冬野先生の「まじめとは何か?」のあとがきが一番好きです。